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Author:toro
細々と仕事をしながら生活をしている主婦です。母がガンに罹ってから6年。ターミナルの時期に突入したと思いきや、あっという間に逝ってしまいました。それでもちゃんと受け止めなくてはと覚書としてこれから書き残しておこうと思います。


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DATE: CATEGORY:心境
仕事の関係で領収証を整理した。日付順にまとめるという作業をしたのであるが、今年の4月、5月の領収証を見て、「このときはまだ母が生きていたんだよな」といちいち思ってしまう。

パスネットの領収証を見れば、母が通院していた大学病院の最寄り駅で買ったものだったり。母に付き添って病院に行ったことを思い出す。

そうすると「あのとき、こうしていれば…」とか、「このとき、ああやっておけば…」とか、いろいろと考えをめぐらせてしまうのだ。
やるべきことはやったと思っていても。

まだまだできることはあったのではないかと考えてしまう。

それに元気なうちに、もっと楽しませてあげればよかったとも。



どこかで書いたと思うが、私は母のことがあまり好きではなかった。

好きではなかったから、生きているうちにもっと楽しませてあげたいなんて意識はあまりなかった。

でもふと考えると、何かにつけて「母にこれを食べさせてあげよう」とか、「これは母に買ってあげよう」とか、思っていたことが多いということに気がついた。

いまでもどこかへ行くと、「母にお土産……」と思うときがある。でも買ってもしょうがないわけで。

なんでそんなことを思うのかと考えると、結局は好きではない母であったけれど、母の喜ぶ顔が見たかったんだよね。
母親を喜ばせたいという気持ちは常にあったんだと思う。

子どもってきっとそうなんだろう。

親は気づいているのかどうかは知らないけれど。




あまり好きではなかった母には、意地悪を言われたこともあるし、お金の問題で苦労させられたこともある。
だけど「きちんと親の面倒をみなくちゃ…」と思ってしまっていた。

何でだろう。とても不思議なのだ。



そうしていまなお、これでよかったのかと反芻してしまう。

もう反芻しきったと思ったのに。



厄介なことだな^^;



もうちょっと具体的な何かを思い出して書くといいのかと思うのだけど。




分からない。





おしまい
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